キヤノン IXYデジタル300について


IXYdigital300
何かと妥協したIXYデジタル(初代)を充実化したが、画素数は200万画素級のママである。

☆ジャンク度☆
あちこちパーツ脱落
撮影可能


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 カードサイズで何かと無理をしたのか、IXYデジタル(初代)は光学2倍ズームレンズを搭載していた。
 本カメラでは光学3倍ズームレンズになっている。


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 ズームレンズの倍率が上がって、ボディが大きくなった。


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 ネーミングは「300」だが、撮像素子は200万画素級である。


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 ダイヤルを採用して操作性が向上している。


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 まだまだ、光学ファインダーに存在意義があった時代だ。


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 メニューデザインは従来のパワーショットA5時代を踏襲している。

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 何があったのか、この個体はあちこちの部品が脱落している。

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 記録媒体はコンパクトフラッシュ。
 それほどタフなバッテリーではないが、現在でも使える個体が多い。


 デジカメ世界大戦への参戦にイマイチ態度を決めかねていたキヤノンだったが、積極的な攻勢を決断した。2005年5月のIXYデジタル(初代)の投入である。メインの画素数が200万画素級から300万画素級に遷移し始めた頃であり、130万画素級のスタンダードクラスでも画像のクオリティ的にはそれなりに使い物になった。感度がISO160相当で固定とか、起動時間が鬼のようにかかるとかなんかと使い勝手には問題があったが、撮った画像がスグに確認できるとか、プリントしなければタダで鑑賞できる(その代わりプリントしようとすると高くついたのだが)とか、撮影画像をネット経由で転送できるとか、デジカメならではメリットが浸透し始めていた。一方でスタイリングとデカいボディは35万画素級の時代から大して進歩していなかった。例えばコダックのDC280Jは美しい画像を描くのだが、単三型電池4本使用で薄らデカく、スタイリングはお世辞にもスマートとは言えない。頑張って単三電池2本仕様にしたフジフィルムのファインピクス4700Zは明らかに持続力が不足していた。勿論、専用電池仕様のカメラもあったがファインピクス2900Zなど、あまりコンパクトに対する努力も見えないから、画像が綺麗で光学ズームレンズを搭載しているんだからサイズやルックスは我慢してくれというのがメーカーの本音だったのだろうか。もっとも、伝統的にフジフィルムのカメラはスタイリングが斬新だから、標準的な評価の対象としてはちょっと不適当かしら。それに、当時の専用電池は1本6000〜8000円もしたのだ。当時から互換品も存在したと思うのだが、現在のようにロワのそこそこ使い物になる物が送料込みで780円という訳にはいかなかった筈だ。単三型電池仕様と言っても、普通のアルカリ電池なら煙のように消えてしまうから充電式の単三型電池を使用するのだが、それでも専用電池よりは安く入手も楽だったのだ。

 デジカメが従来のフィルムコンパクトカメラの代用品として使い物になると認識されるようになったマイルストーンの一つが1998年3月に登場したフジフィルムのファインピクス700である。これはかまぼこ型の専用電池を採用したもので、当時としてはコンパクトで金属製外装もそれなりにスタイリッシュだった。電池もそれなり持続して液晶ビュワーを使用しても使い物になった。現在では笑い話だが、当時のデジカメの燃費の悪さは致命的で液晶ビュワーを使用せず、プリミティブな光学ファインダーで撮影するスタイルは特殊でなかった。実際のところ、付属の8MBのスマートメディアでの撮影可能枚数は大したものではなかったし、32MBのスマートメディアだって買うには勇気のいる価格だったから、撮影枚数は限られていた。ファインピクス700はよくできたカメラだったが、レンズが単焦点だったり基本的にはオートカメラで露出の設定が限定的だったりして、デジカメならでは我慢を避けることができなかった。光学ズームレンズを搭載して、それなりにマニアル設定が可能なデジカメとなると、同時期に登場したクールピクス900になる。これはボディもデカいし価格も定価ベースで11万円くらいしたから、ちょっとしたコンパクトカメラを買うモチベーションだとシンドイな。1999年にはキヤノンからもパワーショットS10が登場するのだが、オートカメラのは不問にしても薄らデカいボディはライバルと同様だった。スタイリングはAPS判フィルムカメラとしてヒットしたIXYに似せてはあったが軽トラとダコタくらいボディの大きさに差があったから、キヤノンもIXYブランドを与えるわけにはいかなかったようだな。

 しかし、翌年の2000年にIXYデジタル(初代)が登場する。これは瞬く間にヒットとなった。新型バッテリーも当時としては小型だったが、ボディのパッケージングが素晴らしい。よくもここまでと思える程にコンパクトなボディを実現したのだ。実際、APS判のIXYよりも若干大きいモノの、その確立したブランドに恥じない物だった。もっとも、何かと妥協もあったようでレンズは光学2倍ズームレンズだし、肝心の画質もニコンのクールピクス800とか、もっと美しい別のライバルがあった。しかし、金属製外装で直線基調のスタイリッシュでコンパクトなデジカメは他に無かったから、ガジェット好きからマジョリティ層まで注目の的となった。バッテリーもそれほどタフなモノでなかったが、今でもそこそこ使い物になる個体は多いし、キヤノンは後にNB−4Lとかどうにもならない欠陥品を採用している。画質もキヤノンのイマイチ煮え切らない発色を、当時はそれなりに「記憶色よりも実際に近い」とか好意的に評価していた。そうは言ってもIXYデジタルがコアモデルとして定着するのには時間が必要だったようで、翌年には単三型電池4本仕様で光学3倍ズームレンズを搭載したパワーショットA10パワーショットA20が登場する。

               ☆          ☆
 やっと本カメラ話題に移る。本カメラの登場は21世紀を迎えた2001年4月である。素性としては何かと妥協の有ったIXYデジタル(初代)を解決したものである。レンズは光学3倍ズームレンズになったし、発色の眠かった画像も撮像素子と画像処理を換装してそれなりにビビットなモノになった。恐らく、基本的には翌月に登場するパワーショットA20と同じものであり、単三型電池使用のパワーショットAシリーズを廉価モデルとして位置づけ、IXYデジタルのブランドポジションを確定するのがキヤノンの戦略だったのだろう。ちなみに2000年10月には画質に妥協しないフラッグシップモデルのパワーショットG1が登場している。まだまだ、一般人がデジタル一眼レフを手にする時代は遠かった。しかし、代償としてボディが大柄となった。それに金属製外装とフラットボディがクールだったIXYブランドを冠しながら、フロントパネルには透明樹脂をはめ込むなど「軟派」な演出が否めない。翌月の5月にはIXYデジタル200が登場し、これは光学2倍ズームレンズを踏襲しながらもスタイリングやボディサイズはIXYデジタル(初代)とほぼ変わらず、本カメラやパワーショットA20と同様に発色を鮮やかにした(見かけは)ライトチューンに留めている。幾らデジカメの進化が速いとはいえ、1年もしないうちに実売ベース7万円以上のカメラがひょいひょいモデルチェンジされてはユーザとしてはきついと思うのだが、IXYデジタル200の評価は上々のようだ。それに対して、本カメラは「肥え」て「軟派」とされてしまったようだ。邪推だが、どうしてもIXYデジタルに光学3倍ズームレンズを搭載した営業か企画側の要望に製作サイドが嫌がらせでピントをずらした本カメラをデザインしたような気もするな。

               ☆          ☆

 拙僧が初めて手にしたデジカメは130万画素級のパワーショットA10だ。実際に購入したのは既に後裔機のパワーショットA30が登場していた2002年の頃であり、32MBのコンパクトフラッシュとセットでフジヤカメラで2万円を切る価格帯で購入した。拙僧にはIXYデジタルという選択肢はなかった。何故なら高額だったからだ。実際、パワーショットA10はそれなりに使い物になるカメラだったが、半年以上はロクに使わず「物撮り」というデジカメの最も効果的な使い道に気づくのはさらに先になる。当時の2万円という価値はマップカメラの中古のニコンEMに使い物になりそうなジャンクのシグマの標準レンズを組み合わせた程度だろうか。

 IXYブランドは現在も継続しており、APS判時代から数えても稀に見るブランド力だろう。EOSも永いブランドで、これは幾ら「FXフォーマット」等と声高らかにしても「F」から「D」に移行してしまったニコンは敵わない。本カメラの疑問符は「300」の採番であり、これでは300万画素級に聞こえてしまうが実際には200万画素級である。実際にIXYデジタル200が登場するからさらにヤヤコシイ。キヤノンからすれば「光学3倍ズームレンズだから」という理由で「3」を採用したのだろうが、ちょっと盛っちゃった感じかな。

 では、撮影結果(名古屋散歩編)をご覧頂きたい。

(了:2014/8/1)

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