キヤノン EOS 20Dについて


EOS20D
何かと都合で事情が悪かった「EOSキスデジ」と一線を画す本物のデジタル一眼レフカメラ。

☆ジャンク度☆
無し
撮影可能


EOS20D EOS20D
 ポップアップするフラッシュを格納するペンタ部。
 当たり前のスタイリングだが、数年後にはミラーレス一眼が登場し、「ペンタ部」という単語が古臭いものになる。

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 何処を切り取っても「The EOS」。
 基本的なパッケージングはEOS620で開拓し、EOS10/100でほぼ完成したな。

EOS20D EOS20D
 モノクロ液晶パネルとモードダイヤルの組合せが常識的で、我々オールドタイマーを安心してくれる。

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 先ほどのモードダイヤルと2系列のコマンドダイヤルで、撮影に必要な設定は殆ど可能だ。

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 デジカメなのでボタン類が多いが、フィルム時代のEOSの感覚で撮影できる。

EOS20D
 「漢(おとこ)」の一眼レフファインダー。
 これが「ペンタプリズム」なのか「ペンタミラー」なのか関心深いのだが、そんなことを書いているコンテンツが見つからなかった。
 2004年には、既にどうでもイイことだったのだろう。

EOS20D EOS20D
 バッテリーはパワーショットG1 などの初期のキヤノンの高級機と同様の物を採用。


 かつて単車乗りのバイブルだった「キリン(ポイント・オブ・ノーリターン)」の有名な一説がある。それは「時速200km/hの呼び声はCB750(K0)がもたらした」のくだりだ。勿論、拙僧の世代の話ではない。拙僧は元気にスズキGSX400Rインパルス(三代目)を転がしていたが、条件さえよければ三京で180くらいは出たから、200km/hって聞いたって「ナナハン」なら出るだろうと気さくに考えていたな。しかし、180と200ではえらい違いだ。そういうのが分かるようになったのも、拙僧が大人になったのだろうな。気づけばキリンが由比で飛んだ年齢よりも、大幅に歳を喰った自分が悲しいよ。それよりも、イイ気になって三京を飛ばしていて覆面に気が付いたのでユーノスロードスターNAに道を譲って差し上げたことがあるのだが、インパルスについてくるNAって凄いよなあ。当時の拙僧は単車一筋で四ツ輪の事情何て知らなかったから、1.6Lだったのか1.8Lだったのか知らないのだが。三京はほぼ直線だからNAでも追いついたのかねえ。スピードを出すのはともかく、タイヤとかブレーキとか(できればサスも)奢っていないと制動時に凄く怖いと思うのだが。これも、自分でNA8(AT)を転がすようになってから分かったのだが、2013年にもなって16年落ちのNAを買うってのも自分が成長していなくて悲しいよね。税金とか、冷静に考えるとハイブリットのクラウンより高いと思うのだが。最近、その辺の事情が妻にも知れて理論対策に苦慮している。 
 「普通の平民に一眼レフデジカメの呼び声をもたらした」のはニコンD70やキヤノンEOSキスデジ(初代)、ちょっと遅れてペンタックス*istDSだろう。世紀末にはファインピクスS1プロとかキヤノンEOS D30とか、平民層に近づきつつあったが、画像転送・操作アプリとか外部メディアとか揃えたら、平気でホンダCRM250RかスズキRMX250Sの高年式で程度の良い中古が買える価格帯になったからな。そんな金が有ったら単車を買うよな。撮像素子が300万画素級なのはイイとして、ファインピクスS1プロなんてコンパクトフラッシュ+スマートメディアだからな。フジフィルムだって融通の利かないガンコ爺ではないから、「ネオ一眼」の高級であるファインピクスS605 だって、スマートメディアとコンパクトフラッシュの併用だ。同じく、スマートメディアで割を食ったオリンパスだってレンズ一体型一眼レフデジカメのキャメディア C−2500L や、気合が入った本気モデルのE−100RS C−2100UZ じゃコンパクトフラッシュを採用している。エンジニアからは「ダメっすよ、スマートメディアなんて」と声が上がっていたと思うのだがなあ。フジフィルムもオリンパスも、なし崩し的にxDピクチャーカードに移行してマスリーダーシップを失ってしまう。あんまり商売上手に見えない東芝に口のうまい営業がいたのかねえ。
 話をEOSに戻そう。「買える一眼レフデジカメ」の発端をニコンD100やキヤノンEOS10Dとする向きもあるのだが、「会えるアイドル」のAKB48に会うのが極めて難しいように、ボディだけで20万円を超えたから、そう簡単に「I need you x3」という訳にはいかないよな。なのでレンズキットで10万円台のD70やEOSキスデジ(初代)、*istDSが「買える一眼レフデジカメの呼び声」と言えるだろう。それだって、現在の視点では法外な高額だが、「SKE48」だって「HKT48」だって、実際に会うのは結構難しいらしいので、そんな感じじゃないだろうか。「気さくに会える御当地アイドル」とか「ゆるキャラ」とかで、秋元に用がなくなるのは2009年くらいからだろうな。撮像素子の画素数は何れも600万画素級である。今じゃ、ミドルクラスの一眼レフデジカメだって3000万画素を超えるらしいから可愛いものだが、キャビネくらいにしか印刷しないのなら十分じゃないかな。拙僧は800万画素級のオリンパスE−500も1000万画素級のソニーα100も配備したけど、600万画素だから写真が撮れないと思ったことはないな。もっとも、モダンなデジ一眼レフはISO6400越えの高感度モードとか、高速連射が可能だから、そういうのが必要な方は最新モデルを買うしかないだろうけど。こういう事を披露するのは本当は恥ずかしい事なのだが、拙僧はD70もEOSキスデジ(初代)も持っているよ。*istDSは持っていないけど、ファインダー周りを若干ディチューンした*istDLは持っている。比べると明らかに無理があるのがEOSキスデジ(初代)だな。一眼レフカメラとしての威厳を残しているのは圧倒的にD70である。実売価格はEOSキスデジ(初代)よりも1〜2万円くらい高かったようだが、いずれにしろ10万円台半ばだったから、大した差にはならなかったんじゃないだろうか。正確にはEOSキスデジ(初代)の登場が2003年9月で、D70が2004年3月だから、半年くらいのタイムチャージがある。しかし、それでD70が見てくれのアドバンテージを確保したというよりは、最初からのコンセプトが違うのだと思うな。ペンタックスは電源が単三型電池4本仕様だったし、明らかに「威厳」とは別の方向性を狙っていた。そういう、「コンパクト」「キュート」「フレンドリー」路線は選択肢として間違っていなかったし、ペンタックスらしい安定的で実直な仕事はバランスも良かった。しかし、デジカメ世界大戦への参戦に乗り遅れたペンタックスは、遅れを取り戻せないママ、主戦場から脱落していく。
 EOSキスデジ(初代)は、先行していたEOS10Dをベースに、かなり無理をしてコストダウンを図った代物だった。何しろ、定価ベースで半値なのだから、無理をしなければコストダウンは不可能だな。それでも、キヤノンの仕事だから撮影画像はEOS10Dに准じていて、特に劣ったものではない。しかし、外装は明らかに安物のペラペラ。軽いからいいという視点もあるだろうが、安普請にもほどがあるな。拙僧はEOS1000S を思い出したよ。EOS10Dはジャンク駕籠に転がっていたブツに遭遇したことがあって、バッテリーも活きていたが流石に買わなかった。その操作感覚は大して覚えていないのだが、存在感は「スバル インプレッサWRC」であり、EOSキスデジ(初代)は「キャブ仕様ノンターボSHOCの素うどんみたいなインプレッサ」だな。本カメラはEOS10Dの後裔機であり、EOSキスデジ(初代)と比べると、レスポンスが明らかに違うし、圧倒的にカメラとしての存在感がある。本カメラが常識的な一眼レフカメラの威厳を保ているのに対し、EOSキスデジ(初代)は「一眼レフのパワーショット」だな。この際、撮像素子がEOSキスデジ(初代)の600万画素から本カメラの800万画素に増えたのは大した差ではないな。明確に違うのは一眼レフカメラとしての威厳と風格だ。
                ☆           ☆
 本カメラの数値的な仕様は、複数のコンテンツが存在するのでネット検索して頂きたい。簡単に説明すると2004年10月(推定)に登場した、「ちゃんとした一眼レフ」のデジカメである。時系列的にはEOSキスデジ(初代)の約1年後の登場となる。その1年の間に技術が進歩したとか、画像処理系のチップセットや撮像素子がマス効果で安くなったのはあるだろう。しかし、キヤノンの戦略が見えてくるのは、とにかく「買える一眼レフデジカメ」という市場開拓の為にも、何かと不都合なEOSキスデジ(初代)で戦場に打撃を与えたかったのだろうな。本カメラは「隙のない威厳のある一眼レフカメラ」としての体裁を整えているが、ボディのみでも発売当初は20万円くらいしたらしいから、EOSキスデジ(初代)やD70とはクラスは異なる。かつては廉価カメラが苦手だったニコンも、新世紀になってからは商売が上手になって、D70よりも更に廉価なD50を投入した。しかし、ニコンもD70やD50では、やっぱり何かと足りないと思ったらしく、2005年8月にはD70Sを戦場に投入している。拙僧はD70Sも持っているのだが、正直言ってD70と何が違うのか分からないな。勿論、AFや測光の精度が上がっているんだろうけど、あえて比べる程、違いがあるとは思えないな。だた、実勢価格がレンズキットで10万円を切る勢いだったようなので、生産技術とマス効果でコストダウンが可能となったのだろう。D70Sは600万画素級の据え置きだったが、同時期のEOSキスデジNは800万画素級を搭載している。エゲツナイ戦争の始まりだな。一眼レフデジカメの全面戦争が加熱し始めたのは、やはり2004年前後と言えるだろうな。
 一眼レフデジカメといっても、拙僧はプログラムAEと絞り優先AEしか使わないので、メーカーやモデルの違いってよくわからないのだ。あえて言うなら、本カメラは基本的にはEFマウントのレンズなら普通に使える。つまり、初期のEOS600系 時代のレンズも、殆ど制約なしに使えるのだ。これは、早くもレンズ内モーターを採用した先見の目がキヤノンにあったとしか思えない。「不変のFマウント」などと言いながら、ニコンの場合はMFレンズは露出計が動作しないし、Gニッコールからは絞りリングが無くなってしまったから、旧いボディでは使用できない。ボディ内モーターからAFを始めたので、手ブレ補正が常識的になってレンズ内モーターを採用するようになると、互換性が著しく複雑になった。正直って拙僧も互換性にどんな制約があるのか把握できていないな。だから、どんなに安物の古いレンズでも、AFレンズならばEOSなら使える可能性が高い。実際にはキヤノンが非純正レンズを嫌って、ワザと動作不良を起こすようなシーケンスを組み込んでいるらしいのだが、拙僧は不具合に遭遇したことはないな。ニコンも、ある程度のクラスのボディでは、マニアルで開放値を設定できたりして、MF時代のレンズを使えるようなギミックを登載しているらしいのだが、拙僧は把握していない。そこまでして、オートニッコールをデジカメで使いたいと思わないからな。
 現在の一眼レフデジカメのシェアはEOSが数段リードしている。カメラ雑誌などの市場調査ではニコンも肉迫しているように見えるが、ネット系のコミュニティで参加する若い連中の装備を見る限りは、圧倒的にEOSだな。「友達のレンズが使える」ってのはアドバンテージだ。もっとも、ミラーレス一眼のシェアを加えるとキヤノンも旗色が悪い。鳴物入りで戦場に投入したEOS−Mも、パッとした戦果は出していないようだしな。
 今では3万円も出せばレンズ付きの廉価一眼レフデジカメの中古が手に入る。キリンがGSX−R1100に乗って技術の進歩に打ちのめされたように、デジカメの進歩も人間の情緒など存ぜぬだな。キリンはGSX−1100Sカタナを選択し、ナローポルシェに挑んだ。本気で数字なスピードで勝とうなどと言う気はサラサラなかっただろう。自分に納得したかっただけだ。それを、フルサイズ撮像素子EOSデジにLレンズ装備のカメラ男子に対し、本カメラやD70で挑む拙僧を重ねるのは、ちょっと図々しいな。それに、連中の鼻を明かすのならばブロニカS2やペンタッス6x7になる。
 本カメラの性能に不足はない。しかし、情緒的な魅力を感じることは無かった。なので、結局は2〜3回しか使わなかった。デジカメっていうはそういう物なのだ。

 では、EF100〜300mmF5.6の撮影結果(蓮花編) も見て頂きたい。

(了:2013/9/29)

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