ニコン クールピクス990について


E990
ニコンのフラグシップであるスイバル式デジカメ。

☆ジャンク度☆
不具合無し(レンズフレア?)
撮影可能


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 スイバル式でフラットになるが、そもそも大柄なカメラなのでスリムな感じはしない。


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 レンズはズームニッコール銘を与えている。
 当時のニコン高級機。


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 撮像素子は300万画素級。
 物撮りに便利そうだが、三脚につけるとトップヘビーで使い辛い。


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 グリップは電池室を兼ねている。
 この種のカメラの宿命として、電池室の蓋が壊れている。


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 プログラムAEのシフトに便利なコマンドダイヤルを装備。
 モノクロ液晶パネルも装備しているので、液晶ビュワーを消した撮影も可能だ。


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 液晶ビュワーは屋内では綺麗だが、屋外だと殆ど見えない。
 これは本カメラ特有の欠点ではなく、当時のデジカメはそんなもんだった。


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 操作系は保守的だが、悪い感じではない。


 本カメラの登場は2000年4月である。300万画素級デジカメとしてはカシオのQV−3000EXに先行されてしまったが、デジカメ史としては、かなり早い段階で300万画素級を実現した。一方で爆発的なヒット作であるキヤノンのIXYデジタル(初代)がすぐ後に登場する。ニコンは既に1999年9月に実用的な一眼レフデジカメ「D1」を登場させていたけれども、本体価格が65万円とコンシューマ層に手が届く代物ではなかった。なので、普通に使えるデジカメだったのはクールピクス900系だったのだ。本カメラは「会えるアイドル」ならぬ「買えるニコンデジカメ」として、それなりに渇望されていたモノである。もっとも、それでも定価ベースで12.5万円もしたのだが。
 デジカメなどという海千山千の如何わしいエリアに進出するのをニコンは警戒していたようだ。実験的なモデルはさておいて、ニコンが本気を出したのは1998年3月に送り出したクールピクス900である。この際、マザーボードが三洋電器なのではなどということは横に置いて、130万画素級にニッコールレンズの組合せは、旧態的なニコンファンに安堵をもたらした。翌1999年3月に登場したクールピクス950では一気に完成度を高め、当時にして最高の解像を誇るデジカメとして君臨した。しかし、市場のニーズに対して出荷が間に合わず大ヒットにはならなかった。マザーボードを共有するオリンパス等に生産ラインを取られたという説もあるが、評判ほどクールピクス900/910が売れなかったのでニコンが増産に慎重だったのだろう。それほど、当時はデジカメは怪しい市場だったのだ。クールピクス950は当たれば素晴らしい絵を描くが、マクロでA Fが全く当たらないとか、絞り優先AEが3段しか設定できないとか、何かと不完全な点があった。21世紀も近づくと伝統的な光学機器メーカーもデジカメに本気にならざるを得なくなり、本カメラも登場する。
                ☆           ☆
 本カメラはそれまでのクールピクス900系の伝統を受け継ぎ、スイバル(回転レンズ)式を踏襲した。スイバル式というのはメインボディに対してレンズユニットが回転するものである。古くはデジカメのパイオニアであるカシオのQV−10がそうであったし、大本はビデオカメラであるシャープの液晶ビューカムに遡る発想である。ニコンらしいのはレンズの口径をクールピクス900やクールピクス800と同じにしたことだ。これでワイコンやテレコンが共有できるのだ。これはニコンファンとしては、そこそこ泣ける塩梅だろう。なので、今回の撮影結果は純正ワイコン「WC−E24」も使用している。
 撮像素子は300万画素級。レンズはライカ判換算で38〜115mmF2.5〜4の光学3倍ズームレンズを組み合わせている。無論、ズームニッコール銘を与えている。レンズは切れまくったクールピクス950に比べれるとハレーションが目立つのだが、これは拙僧の個体の状態が悪いのかもしれないので断定できないな。当時のニコンは接写を売りにしていたが、本カメラも2cmまでの寄りが可能である。しかし、AFはクールピクス950に比べればましになったが、マクロ撮影で安定的な動作をするレベルではないので、MFを駆使するか不動心が必要だ。これは弟分のクールピクス880にも同様だが、当時のクールピクスはコンティニュアンスAFがデフォルトなのだが、これがかなりあてにならない。当時のデジカメは燃費が著しく悪く、折角の液晶ビュワーを消してまで撮影したから、常に頓珍漢なフォーカシングを繰り返すのは不愉快である。勿論、シングルショットAFモードも用意してあるのだが、デフォルトがあてにならないというのは如何なものだろうか。ニコンらしいとは言えるのだが。
 測距は当時は輝きが衰えていなかったフィルム一眼レフのF5やF100に準じた5点測距でAEも256分割測光だった。これは当時としては大したものである。また、絞りも虹彩絞りで10ステップを実現している。大したことが無いと思えるだろうが、名機のクールピクス950だって絞りは3ステップしか選べなかった。また、クールピクス950の最大の欠点である、起動時にズーミングが望遠になるのは改めて、ちゃんと広角側のポジションになった。当たり前のことだが、兎に角、当時はデジカメが普通に綺麗な画像を記録するために何かと不便だったのだ。本カメラはクールピクス900系シリーズがひとまず完成系に至ったと言える。電源は単三型電池に4本を使用する。後裔機のクールピクス995は専用電池のEN−EL1になるから、汎用性では本カメラに軍配が上がるかもしれないな。もっともクールピクス900/910がプリミティブな金属、クールピクス950がニコンF5を思わせる縮緬加工なのに対し、本カメラの外装はプラスチックライクである。実際は金属系のボディなのだが、かなり損をしているな。
 実際に撮影してみよう。まず、液晶ビュワーが晴天下では真っ黒になって殆ど視認できない。これは本カメラの特別な欠点ではなく、当時のデジカメはそんなものだった。なので諦めるしかないな。その為にも光学ファインダーがある。スイバル式なのは実際に撮影してみると大して利点はない。ローアングルの三脚を立ってマクロ撮影する方なら都合がよいのかもしれないが、拙僧のようなスナッパーには利点が無い。撮影しているよりは変なパフォーマンスをしていると思われて、被写体の方に無視されるという利点はあるかもしれないな。広角側が38mmから始まるのは当時の常識としては仕方がないが、当たり前に28mmから始まるコンパクトデジカメに慣れるとカンを掴むの時間がかかる。そういう意味ではワイコン「WC−E24」を使うと24〜72mm相当になるのでいい塩梅である。しかし、簡単にフレアがかったりダイナミクスレンジが飽和してしまうのは困ったものだ。これは拙僧の個体が問題を抱えているのかもしれない。レンズを見る限り、クモリやカビは確認できなかったが、ワイコンを使わなかった個体ではそんな印象は無かった。もっとも、その時は雲天だったのでハレーションは発生しなかっただろう。
 スイバル式はギミックとしては面白い。しかし、本カメラの場合は一見ブツ撮りに便利そうだが、ボディマスがかなりあるので三脚に括り付けてもトップヘビーですぐに倒れそうになってしまう。スイバル式にするとレンズの縦方向に設計の自由度が増すのであまり広角に拘らない旧世紀の時代では設計の利点があったが、広角のレンジや明るさに対応しようとすると制約になった。液晶ビュワーもバリアングルが普通になって、やがてスイバル式は廃れてしまう。
                ☆           ☆
 新世紀になるとスイバル式は明らかに設計上の制約になって、京セラのファインカムSL300Rのようなスマートなボディも生まれるのだが、後裔が続かなくなってしまう。それでもニコンはクールピクス4500やクールピクスS4/S10までしぶとく粘った。その辺もニコンらしくて頼もしいものだ。
 本カメラはレスポンスもまあまあいいし、大柄なボディさえ克服すれば使い物にならなくもない。群衆の中、スイバル式レンズで頭越しに撮影しようと思っても、肝心の液晶ビュワーが真っ黒で見えないので、あまり真面目に撮影しようと思っても上手くいかないのだが、そこもクラシックデジカメの使い三昧鏡であろう。
 でも、正直言って「ニコン」のブランドが無ければ、無理に使わないかもしれないな。

 では、撮影結果(豊川稲荷秋季大祭編)をご覧頂きたい。

(了:2015/12/4)

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