ミノルタ ディマージュG400について


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コニカミノルタ統合直後の切り込み隊を担ったモデル。

☆ジャンク度☆
不具合無し
撮影可能


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 スライド式レンズカバーのオーソドックスなスタイリング。
 先行機のコニカデジタルレビオ KD−500Zに比べて、かなり薄くスタイリッシュになった。


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 ミノルタ単独ブランドだが、レンズは「GT ヘキサノン」とコニカとミノルタが組み合わさったブランドになっている。
 製造はコニカミノルタ社。


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 操作系は保守的で、合理化が過度でないので感覚的に使いやすい。
 デジタルレビオ時代の十字キーが活きている。


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 このクラスのコンパクトデジカメとしては、マニアル機能が豊富。


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 光学ファインダーがひとまず嬉しい。


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 あまり感心しないKD−510Zと同じバッテリーだが、この個体は使い物になった。
 全く利点を感じない、スマートスティックとSDカードのダブルスロット。


 本カメラの登場は2003年11月である。コンパクトデジカメの標準モデルの撮像素子が300万画素級から400〜500万画素級に移りつつある時代である。400万画素級と聞くと物足りないかもしれないが、本カメラは写りも安定的で高レスポンス。当時としては傑作機と言えるだろ。しかし、内分は複雑な事情を含んでいる。つまり、本カメラの登場の前月、コニカとミノルタが合併してコニカミノルタとして再出発した。双方とも、我国の感材・光学機器メーカーとして、もっとも歴史のあるブランドであった。
                ☆                 ☆
 コニカミノルタとして最初に登場したのが本カメラである。しかし、どういう訳かミノルタの単独ブランドなのだ。ディマージュは確かにミノルタのブランドである。ところが、よく見るとレンズが「GT ヘキサノン」なのだ。「GT」はディマージュ7やディマージュS304から始まったミノルタのデジカメ時代の高級レンズの証である。「ヘキサノン」は言わずと知れた、コニカの歴史あるブランドだ。双方とも、必ずしも高級機のみ与えたとは思えない点も同様である。それでボディ下面を見ると、「KONICA MINOLTA CAMERA,INC. JAPAN」というステッカーが貼ってあって、混乱ぶりを感じるな。良く知られるところだが、本カメラは基本的にはコニカのデジタルレビオ KD−510Zの血脈を受け継いでいる。基本的なインターフェイスやバッテリー、何のメリットがあるのか全く分からないメモリースティックとSDカードの併用も踏襲している。スライド式レンズカバーによる電源スイッチも踏襲したが、左指開きの向きは常識的な右指開きに変更になった。しかし、割とぼてっとしていたKD−510Zに比べると、かなりスリムになっていてイイ感じだ。三日月形のスライド式レンズカバーのエッジが利いていて、違和感を感じる方もいらっしゃるようだ。しかし、ブランドとして新たなスタートを切る訳だし、そのくらいの押しはあってもイイのではないだろうか。デジカメ時代の薄型スリムボディーと言えば、ディマージュXシリーズはデジカメ史に歴史を刻んでいるから、スタイリングにミノルタ陣営の意向を反映したのかもしれないな。  レンズはライカ判換算で34〜101mmF5.6〜4.9の光学3倍ズームレンズ。これに、400万画素級の撮像素子を組み合わせる。前述の通り、安定感のある写りと高レスポンスで同時期の同クラスのコンパクトデジカメと比べると傑作機の一つだと思う。2003年くらいのコンパクトデジカメは、ファインピクスシリーズIXYデジタルシリーズのように機械的な信頼性がやバッテリーの寿命がイマイチだったり、クールピクスシリーズのように当たると素晴らしい写りなのだが、えらくスローシャッターになったりAFがプアだったり、サイバーショットシリーズのように撮像素子が400万画素級に移行しようというのに、依然として最大128MBまでのメモリースティックしか対応していなかったりして、何かと使い勝手に問題があった。それに比べれば、本カメラのバランスとクオリティのレベルは高い。後裔機のディマージュG600が、どうもコニカ時代のもっさり感を感じるので、コニカミノルタブランドのスタートモデルとして相当気合を入れたのではないだろうか。
 作画傾向はデジタルレビオKDシリーズを踏襲している。抑え気味の発色で、肌色の綺麗さはやや作為的に感じるのだが、不快ではない。従来のデジタルレビオKDシリーズに比べると、赤などが派手目に出る傾向を感じるので、もしかしたらミノルタの意向か本当に「GTレンズ」のコーティング技術が活きているのかもしれない。ミノルタのコンパクトデジカメのコアモデルであるディマージュF100も、派手さは抑えながらもしっかりとした写りだった。ただ、ディマージュシリーズの共通の難点として、露出が不安定だったな。コニカミノルタが中核となるコンパクトデジカメのベースをデジタルレビオKDシリーズに決定したのは、やはり安定感だろう。本カメラが素晴らしいのはレスポンスである。起動の速さを紹介したコンテンツは多い。確かに、物理的にレンズカバーをスライドしてからレリーズボタンを押下し、記録まで2秒を切る勢いである。当時としては異例の高レスポンスであり。しかし、もっと素晴らしいのはAFのレスポンスと高精度である。拙僧のような「すれ違う娘さんを咄嗟に撮影するゲリラ戦」でも、大抵の場合はAFがヒットする。アーケード街のような、やや暗いシチュエーションでも大抵は大丈夫だ。これはAFの精度だけでなく、露出の算出も優れていることを表す。2010年以降のデジカメでも、ちょっと暗くなっただけで、平気で常識がいの遅さのシャッター速度を算出するカメラは多い。2003年に登場したコンパクトデジカメとしては、異例の完成度の高さである。近代的な戦闘にも、十分耐える。
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 一説によると、北米でKD−510ZがディマージュG500として売っていたらしい。本カメラの後裔となる600万画素級のディマージュG600が、露骨にKD−510Z時代のもっさりとしたスタイリングを感じさせるので、あり得るな。近未来的なスタイリングで拙僧は気に入っているのだが、メタル地に傷が目立つのが残念である。特にフロントカバーのスライド式レンズカバーの何かしらの部品が当たるので、ここは必ず傷がつく。
 何度も繰り返しで申し訳ないのだが、当時のコンパクトデジカメとしては、本カメラは高いバランスを成立した良いカメラだ。しかし、どうも実売価格は3〜4万円くらいだったらしい。2003年でその価格帯だと、既にコンパクトカメラの資金回収の難しさを露呈しているよな。
 残念ながら、デジカメ戦争の参戦が遅れや作戦軸のブレはコニカやミノルタは取り返せなかった。「安くて良いカメラ」を作ることはできても「付加価値のあるプレミアムモデル」は創出・持続できなかった。でも、それは仕方ないな。拙僧はコニカミノルタの複合機の仕事をしたことがあるけど、あんな酷い現場は無かった。高級管理職は、ロクに説明もせず、権限を与えもせずに仕事を下級管理職に丸投げする。勿論、サポートは一切なし。それで失敗なら上級管理職は怒鳴り散らして責任を逃れ、下級管理職のせいにする。成功したなら「俺の背中で学んだ」と嘯くのだ。
 自動車業界も似たようなものだが、そんな前時代的な環境でフレキシブルな流動的な現在のニーズに柔軟に対応なんて不可能だな。



 では、撮影結果(三河七夕祭り編)を見て頂きたい。

(了:2013/10/1)

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