三洋 DSC−SX550について


DSC-SX550
旧世紀に動画に注目した意欲モデル。

☆ジャンク度☆
電池蓋フック不良
撮影可能


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 ライカ判換算で38mmF2.4と当時としては広角寄りの単焦点レンズを登載。
 レンズカバーと電源スイッチが連動する。


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 ちょっとモコッとしているが、当時としては十分コンパクトなのだ。


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 ちょっと癖のあるインターフェイスデザイン。
 新世紀早々に三洋ブランドのデジカメは姿を消すが、このインターフェイスで聞いたこともないブランドのカメラが、三洋の血脈を継承しているのを確認できる。

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 操作系も色々とアイデアを模索しているのだ。
 実際には使い方がよくわからないのだけど。


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 デジカメの電源がプアだった時代だ。
 光学ファインダーを重宝していた。


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 初設定が済めば、基本的にはオーソドックスな操作のカメラだ。


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 単三型電池2本で駆動するのは、電池メーカーの三洋の誉だろう。
 電池蓋を留めるフックが壊れている。
 本カメラに限らず、多くのデジカメの弱点だ。

 旧世紀末の2000年3月に本カメラは登場した。ぼちぼち、デジカメも300万画素級に突入しようとしていた時代だ。本カメラの150万画素級の撮像素子は当時としても突出したものではない。しかし、コンパクトとされたC−3030だって単三型電池4本を使用し、かなり嵩張った。旧世紀の”コンパクト”デジカメなんてのは、コンパクトとは程遠かった。カシオのエクシリム EX−S1が支持を得たのも、そういう背景がある。本カメラが単三型電池を2本だけ使用し、比較的コンパクトなボディを実現したのも電池メーカーとしての三洋の意地だろう。公式的なドキュメントは僅かだが、一時期は多くのメーカーやブランドのデジカメを三洋は生産していた。完成体として納入していたのか、基本的なユニットだけだったのかはよくわからない。「デジカメ」の商用登録だって三洋が獲得していたのだ。もっとも、本カメラがユニークで当時のガジェット好きの一部を確保していたのはサイズだけではない。本カメラの売りは「爆速」と「動画」である。
 三洋の「爆速」と「動画(もしくは連射)」への意欲は古く、35万画素級の時代にさかのぼる。商品として一定の完成度に至ったのはDSC−X110あたりだろう。85万画素級で単焦点レンズは固定焦点(パンフォーカス)である。「爆速」というのは電源ボタンを操作してから、実際にレリーズボタンを押下して画像を記録するまでの待機時間がいかに短いかという事なのだ。旧世紀のデジカメは、電源ボタンを操作してから実際に撮影可能状態に至るまで7秒くらいかかるカメラが普通だったし、コダックのDC220ZoomDC260Zoomは電源ボタンの押下から撮影可能状態に至るまで15秒もかかるから、知らない方なら壊れていると思うだろうな。そんな時代に1秒かそこらで撮影可能状態に至る三洋のデジカメは「爆速」だった。また、「連射」や「動画」に強く、特に「動画」のクオリティの高さは評判だった。今ではスチルデジカメが動画モードを搭載するのは一眼レフデジカメだって当然だが、それが当然でなかった時代に三洋は先見の目があり、技術的なノウハウも豊富だった。
           ☆          ☆
 既述の通り撮像素子は150万画素級の原色系プログレッシブスキャンCCD。レンズはライカ判換算で38mmF2.4の単焦点レンズを搭載。これでも当時は広角よりのレンズだったのだ。普通に25mm相当から始まる光学ズームレンズを搭載するパナソニックのルミックス DMC−FX37とは隔世だな。最短撮影距離が15cmなのは物足りないが、本カメラの特異性からして幾つかの属性を捨てるのは致し方ない。ISO感度は100から400まで3段階で選択できる。ニコンのクールピクス7600なんてISO200が上限だからな。ISO200とISO400では大違いなのだ。低温ポリシリコンTFTカラー液晶ビュワーと言われても良くわからないのだが、見え具合は素晴らしい。単三型電池2本で起動するだけでも素晴らしいのだが、やはり当時のデジカメと同様に燃費が悪い。なので光学ファインダーを使用した撮影も例外的な運用ではないな。エネループのようなタフな充電式単三型電池はまだ無かった。三洋らしいのは電池の放電管理機能を搭載しているのだ。当時の充電式電池はメモリー効果への対策さえユーザーの裁量が必要だったのだ。
 起動は電源スイッチの操作から0.6秒で撮影稼働状態になる。これは2000年登場のデジカメとしては素晴らしい。「爆速」の為ならAFユニットも不要で固定焦点(パンフォーカス)で十分だというMig−15のパイロットのような気概の有るフォロワーで三洋の支持者は構成していたが、流石に本カメラはAFユニットを搭載している。スチル撮影においてレスポンスは近代の戦闘にも耐える。しかし、AFの精度はイマイチで画質的にもぼんやりとした感じだ。150万画素級ならフジフィルムのファインピクス1500が同じく単三型電池2本を使用しているが、画質は本カメラより安定している。ファインピクス1500は本カメラよりは1年前に登場したものである。当時のデジカメ進化タームからすれば1年はシリアスな時間である。それでも、ファインピクス1500は本カメラよりも更に電源管理が厳しいカメラだったし、勿論「爆速」とは程遠い。なので本カメラの画質のクオリティが不十分でも特に問題にならない。ただ、逆光には著しく弱く、この点で近代の戦闘では効果が限定的だろう。5郡5枚のレンズを三洋が設計したとは思えないので、伝統的な光学機器メーカーが供給したのだろうが、パワーがイマイチなのは否めないな。
 「動画」は640x480の動画を30コマ/秒のレートで撮影する。記録がMotionJPEGなのが惜しいが、MPEG4が普及するのはもう少し後になる。動画が撮影可能と言っても、現在のようにメディア容量限界の無制限動画が撮影出来る時代ではないのだが、本カメラは十分なパフォーマンスだそうだ。時代を感じさせるが320MBマイクロドライブにも対応している。拙僧が動画にあまり関心が無いので評価できないが、四ツ輪のダッシュボードに括り付けて「ドリフトキング」を撮影可能なのは本カメラを含めた三洋のデジカメだけだったらしい。

                ☆                 ☆
 三洋というブランドが消滅して久しい。三洋ブランドは拙僧ら貧乏人にとっては「スタイリングにエグさがあってカッコいいが何故か安い」のが三洋で、「値段に魅かれて買うが、すぐ壊れるとか後悔する」のが三洋だった。そんな三洋が二級ブランドだったという訳ではなく、そういう市場戦略だったのだろう。三洋は歴史的には松下からのれん分けした会社だから、市場の棲み分けも重要だったのだろうな。
 三洋は、その松下に吸収されてブランドも消滅してしまった。拙僧にとって三洋の最も評価すべき社会的貢献はエネループである。ハッキリ言ってパナソニックの充電式エボルタなんか使い物にならない。拙僧は2ダースのエネループと半ダースの充電式エボルタを動員したからハッキリ言える。カワイイ系ロボットが箱根を超えようがエボルタはゴミだ。電池関係の技術はエコ時代の自動車や建材としてクリティカルである。パナソニックは三洋の電池部隊に一切手をつけず、速やかにエボルタを黄海に捨てるべきだと思ったのだが、やっぱり電池部隊の重要な人物の何名かは離れたようだな。優秀な人材は適切な環境下にあるべきだ。
 三洋はデジカメに「マルチーズ」というペットネームを与えていたが、既に覚えている方は稀だろう。「ザクティ」は辛うじて残っているのだろうか。ところが、とっくに消滅したと思った「SANYO」ブランドの1250万画素級のコンパクトデジカメを手に入れて驚いている。そんなに過去に登場したカメラとは思えない。
 公式的にデジカメから三洋が撤退したとされた後も、聞いたこともないブランドのコンパクトデジカメの操作系が三洋を髣髴させたり、三洋の血脈は確実に残っている。しぶとく生き残ってほしいものだ。

 では、撮影結果(名古屋散歩編)を見て頂きたい。

(了:2014/3/5)

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