ソニー サイバーショット DSC−P50について


DSC-P50
ソニーの攻めの姿勢がうかがえる良作。

☆ジャンク度☆
無し
撮影可能


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 当時としては珍しい沈胴しない(伸長しない)レンズを搭載。
 起動も速く、インナーフォーカスも迅速である。


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 べたべた貼られたプロパガンダステッカー。
 剥がさずに使うのもどうか路思うが、お蔭でジャンク拾い者としてはスペックが知れてありがたい。


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 ズんぐりとしているが、当時のコンパクトデジカメとしては標準的な大きさ。
 レンズが伸長しないから、取り回しはイイ。


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 インターフェイスデザインは当時のソニーのルールに沿っている。
 プッシュ兼十字キーが馴染めないのだがが。


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 光学ファインンダーの搭載が嬉しい。
 使い物になるかは別問題だが。

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 ズーミングがシーソースイッチなのは当時的だな。


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 バッテリーは「iインフォリチウムS”NP−FS11”」を採用、タフなバッテリーである。
 緊急時(?)に単三型電池が使えるのは、サイバーショットとしては珍しい。
 現在においてはスタンダードなメモリースティックの確保と運用だろうか。

 ソニーと言えば「攻めの姿勢」が象徴的であった。トランジスタラジオも「ウォークマン」も、ソニーの「攻めの姿勢」から作り上げた市場である。最近ではアップルやサムソンに隠れてしまっているのが寂しい気分だな。拙僧は互換性や親和性が大好きなので、独自規格の旗を振るソニーは好きではないのだが、やはり憎くても活発な敵であってほしい。少なくても、我国のリーディングカンパニーだしな。
 ソニーのデジカメ史は古く、1996年に投入した初のサイバーショットであるDSC−F1が、最初からヒットした。ソニーにはサイバーショット銘ではない、当時としては常識はずれの光学12倍ズームを搭載したモデルや、デジタルマビカがあったが、既に21世紀も干支を1周している現在だから、パナソニックのクールショットのように、存在は無かったことにしていただきたい。この将棋の駒をおっ立てた立方体に回転する円筒形のレンズを組み合わせたスタイリングのカメラは、拙僧の感覚からするとブサイクだ。どこが消費者にフィットしたのかよくわからない。拙僧はハンペンに竹輪と言っているのだが、このスタイリングは当時は「クール」とされ、ズームレンズとの相性の悪さに苦しみながらも、しぶとくサイバーショット DSC−F77にも続いている。35万画素級で内蔵メモリ機と言うのは、当時としては常識的な物で先見性に欠けているとは言えないだろう。なので、現在は例えボディがジャンク駕籠に転がっていても、PC接続ツールが無ければ事実上運用は困難である。バッテリーが全く持たなかったというが、バッテリーが十分に持つデジカメなど1996年には無かった。当時のデジカメの運用は、電源が尽きるか画像格納メモリが尽きるかの戦いであったのだ。そういう意味でも交換メディアと採用したフジフィルムのDS−8や、100枚近い画像を格納できるカシオのQV−11は、方向性は違うが運用時に重きを置いたのだろう。DS−7/8が採用した5Vのスマートメディアは、交換式とはいえ2MBで6000円くらいした。QV−10/11は、撮影枚数は多かったし、インターフェイス周りのデザインはデジカメながらの演出で出来はよかったが、かなり思い切って画質を妥協したものだった。なのでソニーのDSC−F1がスナップ域(3m前後)以外ではピントが甘いとか、操作系が凄まじく使い辛いとかは大した問題にならなかったようだ。ちょっと調べたのだが、そもそもAFユニットなんて搭載していないな。つまり、「写るんです」と同じで固定焦点(パンフォーカス)なのだ。拙僧も流石にDSC−F1〜3は入手もしなかったし使ったことも無い。前述の通り、現在、運用するには著しく不都合なのだ。画質もシャープネスが掛かりすぎて良好とは言えなかったようだ。しかし、売れたそうだ。まだ、拙僧が国立で真っ当に仕事をしていた時に同僚が結婚したのだが、誘われた二次会の赤坂の有名中華料理屋でDSC−F1(F2やF3かもしれないが)を実際に使っている同僚の友人がいた。今では珍しくも無いが、結婚おめでとうのメッセージを記録し、新郎新婦の前で披露するのだ。ということは動画モードが使い物になったんだろうなあ。DSC−F1の仕様については不明瞭な点が多い。「アニメ撮影モード」と書かれているコンテンツもあって、動画の記録フォーマットとかは、まるで不明だ。しかし、そういう使い方があったのは事実だ。DSC−F1の特徴である回転レンズも、「自分撮り」と称してレンズを自分に向け、液晶ビュワーで自分(と友人やパートナー)を確認しながら撮影するのが画期的だった。なので、そういう従来のフィルムカメラでは有りえなかった新しい運用が注目されたのだろう。しかし、DSC−F1の成功は、言われるほど幅広いコンシューマに響いたとは思えないな。拙僧の同僚の友人だって、拙僧がソフトウェア開発を生業にしていたから、その関係でガジェットに関心深かったのだろう。つまり、実際に買ったのはガジェット好きかイノベータ―に限定していたと思う。なにしろ、満足に撮影してPCに転送できるほど投資をしたら、平気で10万円くらいしたのだ。その2次会に拙僧はニコンF−301AiSニッコール50mmF1.8を付け、今は無きスーパープレスト1600を詰めて行ったのだ。それで、そのDSC−F1(多分)のオーナーに

「高そうなカメラですね。」

と、言われたのだ。いやいや、あなたのデジカメの方が遥かに高額ですよ、と答えたのだが、その言葉には何の効力も無かっただろうな。
                ☆                 ☆
 また、無暗に話が長くなったなあ。ソニーのデジカメが幅広いコンシューマー層にヒットしたのは、サイバーショットDSC−P2あたりじゃないかな。DSC−P2の登場は2002年と意外と遅い。デジカメがフィルムカメラの代用品として使えると認識し始めたのは、1998年に登場したファインピクス700だと思われる。当時は未婚の「藤原のりかさん」を起用したのも、フジフィルムの真剣さを感じるな。ちょっと前なら「千葉れいこさん」で誤魔化すところだ。それでも、本体だけで10万円近くしたし、普通の消費者がフィルムカメラからデジカメに乗りかえるのはハードルが高かった。現像代と天秤にして、消費者がデジカメの方がコスト安と認識したのは、21世紀を跨ぐこととなる。DSC−P2はレンズを右端にオフセットしたスタイリングが、従来のフィルムカメラの制約を払拭して「クール」だと思われたようだ。DSC−P2は一般コンシューマも含めて大ヒットした。なので、あまり詳しくない人がデジカメと言うとDSC−P2を想像したようだ。そういう意味で言うと、ソビエトの戦闘機がMig−21で爆撃機がTu−16(いや、Tu−95か?)なのと同様だろう。しかし、DSC−Pシリーズが登場時から順風満帆だったかというと、そうでもない。ネームシップのサイバーショットDSC−P1が登場したのは、旧世紀の2000年である。当時は高級だった300万画素級撮像素子を搭載し、画像もデリケートで美しく、当時としてはレスポンスも良かった。なので、多くのガジェット好きを賑わしたものの、一般層に普及したとは言えない。理由は高かったからだろう。レンズを右端にオフセットしたスタイリングはDSC−Pシリーズが初ではなく、サイバーショットDSC−S30/50も、同じ傾向のスタイリングセンスを感じることができる。そもそも、デジカメはムービーカメラや監視カメラから派生したもので、QV−10だってDS−7だってレンズは端に寄っていた。リコーのDC−2Lなんて、フィルム時代の常識的なスタイリングを完全に逸脱している。なので、DSC−P2が大化けしたのは、タイミングが良かったのだろう。ソニーは、そういうタイミングに恵まれたメーカーだった。それは、ただのラッキーではなく、エンジニアと営業の巧みなノウハウをベースにしたのは間違いないが、タイミングを読むシックスセンスにも恵まれていたのだろう。
 本カメラが登場したのは新世紀早々の2001年である。つまり、DSC−P1とDSC−P2の中間ということになる。この間にソニーが休んでいたかというと、そんなことは全くない。記録媒体がフロッピーディスクやCD−Rのデジカメなど、意欲的に新商品を投入していた。ソニーの攻めの姿勢を感じるな。常識的な300万画素級コンパクトデジカメで、後のDSC−P2のスタイリングを決定したサイバーショットDSC−P5も登場しているのだが、不思議とヒットの呼び声が無い。DSC−P5とコンポーネンツを共有しながら、イメージサークルの小さい単焦点レンズを搭載し、280万画素級デジカメとしたサイバーショットDSC−P3も登場しているが、キワモノ扱いだったようだ。ソニーの「攻めの姿勢」が、イマイチ市場に響かないのは珍しいことではない。
 本カメラも、スタイリングはちょっともっさりしているが、攻め込んだカメラである。ボディに厚みがあるが電源投入時もレンズは伸長しない。つまり、起動時にレンズが伸びたり、終了時にレンズを格納したりしないのだ。なので、起動が素早い。更にフォーカシングもインナーフォーカスで、当時としては良好なレスポンスを実現している。総じて機敏なカメラなので、見た目よりも軽快な運用が可能だ。レンズが伸長しないのは、通常なら多段式で伸びるレンズの存在をナーバスに意識する必要が無く、思った以上に取り回しを良くする。撮像素子は211万画素級で、ライカ判換算で41〜123mmF3.8〜3.9の光学3倍ズームレンズを組み合わせる。レンズのレンジが中途半端なのは、当時のデジカメなので仕方ないな。ほぼ、同じパッケージングで130万画素級撮像素子を搭載したサイバーショットDSC−P30が同時に登場している。DSC−P30が実売4万円を切る価格帯で、本カメラとの価格差が1万円くらいだったようだ。コンパクトデジカメでも2000万画素を超える現在では実感し辛いが、当時としては大きな差だった。別に画素数が少ないから画像が劣るという訳ではない。数字の大きさで見栄を張るという単純な図式ではなかった。当時のサイバーショットはスタンダードサイズのメモリースティックを採用していたが、これは最大128MBの容量の制限があった。いや、実際に容量の制限は大した問題では無かった。何故ならメモリースティックが高額だったからだ。当時の販売価格が見つからなかったのだが、128MBのメモリースティックが安易に手が届くものとは思えないな。記録媒体の値段が高かったのはメモリースティックに限らないが、事実上、ソニーしか採用していメモリースティックはマス効果も期待できないから、価格的には不利だ。なので、32MB程度のメモリースティックで使い物になる130万画素級のDSC−P30を選択する意義も、それなりに有ったのだ。
 バッテリーはソニーの肝いりの「iインフォリチウムS」を採用する。型番は「NP−FS11」であり、この電池はとてもタフで、現在でも使用に耐える個体が多い。かなり大柄なバッテリーだが、2時間の連続撮影を可能とするバッテリーは当時は極めて稀だった。ライバルに対して大きなアドバンテージと言えた。その代り、1本1万円くらいしたけどな。しかし、当時の専用バッテリーはそんな価格帯だった。ロワに380円も出せば、1000万画素級のコンパクトデジカメの互換バッテリーが手に入る現在とは事情が異なる。だからなのか分からないが、本カメラは単三型電池2本でも動作した。勿論、ソニーの素晴らしいスタミナバッテリーには至らないが、ひとまず使い物になる。ソニーは独自規格を押し付けて、値付けも強気だったから、このような柔軟性は珍しい。2001年に登場したソニーのデジカメは、かなりキワモノが多かったから、資金回収に都合の良い仕様で柔軟性を持たせたのかもな。単三型電池仕様の旨味をソニーも感じたらしく、同じく専用電池と単三型電池の両用が可能なサイバーショットDSC−P20も出ているし、単三型電池専用のサイバーショットDSC−P72も出ている。
 DSC−P30のコンテンツを作った頃は、拙僧もデジカメを良くわかっていなかった。なので、扱いも軽いものになっている。その頃もラチュードの広さとデリケートな色再現を指摘したのだが、本カメラも同様である。日陰の被写体を妙に鮮やかに再現したり、クロスフィルターを使用したようにハイライトが十字形や星状になるのには、ちょっと作為が過ぎる気がしなくもない。しかし、2001年のデジカメの画力は現在の視点からすると驚くほどプアで、日向と日陰が混在する状況では簡単にハイライトが飛ぶかシャドウの再現を諦めた。本カメラの安定性は特筆ものである。日陰やアーケードなど、光源が限られても満足に稼働するのは嬉しい。割と最近のデジカメでも、ちょっと日が陰ると実用にならない程、シャッター速度が遅くなったり、AFが満足に動作しなかったり、著しく画質がノイジーになったりする。本カメラの安定性は立派な物である。ソニーの技術の冴えを感じるな。攻めばかりでベースのノウハウがプアなら、ただのキワモノだからな。それでも、DSC−P2が登場するまで大ヒットに繋がらなかったのは、「攻めの姿勢」というマーケティングがいい面ばかりでないという事だろう。
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 現在でもソニーは「攻めの姿勢」だ。猫も杓子も「カメラ女子」相手にミラーレス一眼を売りつける安直なマーケティングに傾倒している中、路線が異なるのはニコンとキヤノンとソニーくらいだな。ニコンやキヤノンが伝統的光学機器メーカーで、同様にミラーレス一眼で苦戦しているのが象徴的であるが。ミノルタのαを吸収したソニーは、「ミラーがあるんだけどEVF」という独自の路線を進んでいる。「こども撮り一眼」と謳ったカタログは、どこかに「ママ女子」の迎合を感じるが、内容は本気である。A4サイズのカタログの面積をフル活用して撮影画像を自信満々で掲載するのはソニーのαくらいなものだ。オリンパスもパナソニックも、アクセサリーや撮影モードの豊富さを謳っているが、カタログの1ページに引き延ばした撮影画像なんて掲載していない。EOS−Mのカタログ何て、そもそもサイズがA5だしな。そういうソニーの「攻めの姿勢」が評価されていれば嬉しいのだが、現実は難しそうだ。しかし、大化けするかもしれないな。
 それが、ソニーの選択した「攻めの姿勢」であり「実験的市場展開」というマーケティングである。もっとも、拙僧が新品で大金を払うとしたら、常識的なニコンかペンタックスだが。

 では、撮影結果(奥三河ビレッジ山車祭り編)を見て頂きたい。

(了:2013/10/24)

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