コダック DC260Zoomについて


DC260Zoom
何かとアンバランスなパッケージングだが当時のコダックの主力機だった。

☆ジャンク度☆
無し
撮影可能


DC260Zoom DC260Zoom
 カバーが掛かっているように見えるが、これが素の状態。
 廉価版のDC220Zoomと異なり、AFユニットを登載する。
 レンジは常識的な標準ズームのモノになってしまったが。

DC260Zoom DC260Zoom
 押しの強いスタイリングで最も目を引くのが端にオフセットしたレンズと、オデコのフラッシュだ。
 ボディのモデル名も擦り切れている。


DC260Zoom DC260Zoom
 もっこりとしたスタイリングだが、撮影時には安定的である。


DC260Zoom DC260Zoom
 光学ファインダーとモノクロ液晶パネルの組わせで撮影出来る。
 当時においては、電池消耗を押さえる常識的な使い方だが、本カメラの液晶ビュワーは追随レートが遅いし、晴天下ではロクに見えない。
 なので、液晶ビュワーを消して、光学ファインダーでの撮影もアリだ。

DC260Zoom DC260Zoom
 フラッシュシンクロ登載に注目。
 ボリューム調整がついているが、記録できるのは音声だけだ。
 そんなものを搭載するよりは、ボディを軽くしてほしいな。

DC260Zoom DC260Zoom
 これがコダック自慢のカメラ用OS。
 一種のGUIなのだが、動作が重い。
 一種のスクリプト言語らしいのだが、公開していてゲームアプリも存在したようだ。


DC260Zoom DC260Zoom
 電源は単三型電池4本を使用。
 記録メディアはコンパクトフラッシュ。


DC260Zoom DC260Zoom
 ズーミングレバーの操作性はイマイチ。


DC260Zoom DC260Zoom
 あまり合理化していないのが、逆に感覚的に理解しやすい。


DC260Zoom
 足がついているのが伝統的なカメラのスタイリングの継承を感じるな。


DC260Zoom DC260Zoom
 兄弟機のDC220Zoomと並べてみる。


DC260Zoom
 AFユニット+60万画素級の撮像素子の差をとるか、広角29mmのレンズをとるか。


 本カメラは大佐殿がコンテンツで詳細なレポートを公開している。なので、拙僧の不安定なコンテンツを綴るのは遠慮したい。なので簡単に印象を報告させていただきたい。
                ☆                 ☆
 スタイリングはボリューム感が溢れ猛烈に押しが強い。我が国の「カワイイ」と北米の「セクシー」は全く異なる評価軸なので、北米人が見たら好ましいスタイリングなのかもしれないな。バランスが出鱈目なのはスタイリングだけではなく、操作系のデザインもだ。当時としては異色のグラフィカルなOSを搭載する。これは、汎用的なOSでDC210Aズームのようなコダックの旧モデルだけではなく、ミノルタのディマージェEXも搭載している。スクリプト言語を実装して、有志の方が「パックマン(@ナムコ)」に近いゲームを開発したらしい。これでネットに接続できれば現在のタブレット端末かスマートフォンに近い。多分、発展としては、そういう構想だったのだろう。しかし、本カメラの登場は1998年なのだ。
 当時のパワーバランスをざっと紹介しよう。ニコンはクールピクス900を投入して、やっと戦争の準備ができた。キヤノンはパワーショットA5だから、ちょっと敵の主力部隊を迎撃するにはパワー不足だな。実際のところ、ニコンやキヤノンといった伝統的な光学機器メーカーはデジカメ参戦に懐疑的だった。積極的だったのはPC周辺機器や事務機器メーカーでエプソンとかカシオ、リコーも事務機器メーカーに入れてイイかなあ。光学機器メーカーだろフジフィルムやオリンパスが盛んだった。代表的なモデルを紹介すると、エプソンはCP600でメガピクセル化を実現しているが、これもバランスのスマートなカメラとは言えないな。カシオが130万画素級のQV−5000SXを投入しているのだが、これも8MBの内蔵メモリ機で、つまり記録メディアの交換が出来ない。当時の記録メディアは、スマートメディアもコンパクトフラッシュもかなり高額だったから、8MBで撮り切って我慢するという選択肢も全くなかったわけではない。大抵のデジカメに付属する記録メディアなんて2MBだったから。でも、ユーザーの裁量を限定するデザインは如何なモノかな。同じ時期にカシオはQV−10の延長上にある35万画素級デジカメを出しているのだが、カシオの市場との剥離は既に始まっていたな。リコーはDC−4で、こいつはデジカメ的な回転(スイバル)式光学ズームレンズに130万画素級撮像素子を組わせ、交換式記録媒体と単三型電池4本の電源を採用したバランスの良いモデルである。記録中に電源を切ろうとすると撮影画像がパーになってしまうとか、使い勝手の悪い面もあったが、当時としては十分に主戦場を突破する打撃力を実現していた。フジフィルムは待望のファインピクス700を前線に投入しており、これは「フィルムカメラの代用品」としてデジカメが認知された初期の物である。イメージキャラクターは躍動期の「藤原紀香さん」でフジフィルムの本気が知れるな。「藤原紀香さん」は今でもフジフィルの何かしらの画像処理を経て、東京の鉄道のプラットホームに華を咲かしている。オリンパスは前年に画期的な「一眼レフデジカメ」のC−1400Lを出しているが、1998年は改良型のC−1400XLと廉価クラスのC−840Lで凌いでいた。C−840Lは、拙僧の師団の配備実績ではC−860Lが近いのだが、このシリーズはファミリーが多いので、どこが違うのかよくわからない。オリンパスが大躍進を遂げるC−900ズームシリーズやC−2000/3000シリーズが登場するのはもうちょっと後になる。
 本カメラの160万画素撮像素子に光学3倍ズームレンズを組わせ、記録媒体はコンパクトフラッシュで電源に単三型電池4本を採用する、数値的な特性は常識的だ。160万画素級って撮像素子は、あまり聞いたことがないな。しかし、当時のコダックは健全(かどうかは知らないけど)撮像素子メーカーだったから、それなりに用意したのだろう。その辺は普通のデジカメなのだが、実際に使ってみると驚くことばかりだ。
 まず、電源ボタンを押下しても全く反応しない。大抵の人は壊れていると思うな。何度も電源ボタンを押下すると、ぐにょーっとレンズが伸長するが、また引っ込んでしまう。つまり、起動までの時間が常識はずれに遅いのだ。電源ボタンの押下から撮影可能状態になるまで15秒くらいかかる。しかも、LEDの一つも点灯しないから、まず、壊れていると初めは思うな。そのレンズなのだが、ライカ判換算で38〜115mmF3.0〜4.7とという常識的な光学3倍ズームレンズ。これが結構がっかりなポイントなのだ。というのも、ボディを共有している廉価機のDC220Zoomは、ライカ判換算で29〜58mmと当時としては異例の広角ズームレンズを搭載しているのだ。撮像素子は109万画素級と抑え気味だが、当時の水準は満たしている。レンズが暗いが固定焦点(パンフォーカス)機なのでAFユニットを搭載していない。なので絞って被写界深度を稼ぐデザインなので大した問題にはならない。だからなのか、本カメラはISO100固定なのに対し、DC220ZoomはISO160固定と少し感度が高いのだ。パンフォーカスで絞るためにデザインしたのか分からないが、効果はあるだろう。DC220Zoomのレンズと撮像素子の組合せは、前年の1997年に登場したDC210Zoomと基本的には同じもので、拙僧の知る限り1999年9月に登場したDC215Zoomまで使いまわした。北米人らしく図々しと言うか大らかな話だ。ちなみに、本カメラとDC220Zoomを並べてみると、レンズが沈胴した状態でも本カメラの方が鏡筒が付き出ていて、出目金みたい。最初は何かのアダプターかプロテクターでも付いているのかと思った。もっとも、前玉はフラットガラスに見えるのでプロテクターレンズなのかもしれないな。しかし、取り外せるわけではない。拙僧個体はフロントのコーティングが剥離しているので、取り外せるとよかった。そういう気が利かないんだなあ、北米物は。実際にはチノンがデザインしているのかもしれないけど。
 起動はどうにもならないが、撮影時の使い勝手は当時としては良好のレベルである。AFもAEも安定的でレスポンスも良い。不思議なのは日陰のような暗いシチュエーションでもAEが粘る。ISO100固定でレンズも大して明るくないのだが、チューニングがイイのだろう。1000万画素級のモダンデジカメでも、日陰でどうにもならないスローシャッターを弾くものも多いから、ローテクながらスマートな奴である。バッファリングが1カット分のみなので、2カット目までの撮影は迅速だが、3カット目を撮影しようとすると、膨大な記録時間を耐えなければならない。なにせ旧世紀のデジカメなのだから、その辺は致し方ないな。本カメラで娘さんの運動会ガチ撮影に挑戦する方はいらっしゃらないだろうが、街スナップでも萎えるな。この種のクラシックデジカメをリズミカルに使うのなら、2台かそれ以上のカメラを同時運用して、使いまわしたらいいだろう。織田さんは、その戦術で天下の一歩手前まで進撃したと聞くしな。
                ☆                 ☆
 絵作りは「あの頃のコダック」を求めている方なら十分に満足できると思う。DC220Zoomと違ってAFユニットを搭載しているし、精度も満足だ。ハイライトが六芒星になっちゃうのはやり過ぎな気がするけど、そういう図々しいところもコダックのチャーミングな点だ。実際に作っていたのはチノンらしいのだが、設計の配分は分からない。チノンも伝統的に大胆なデザインをするので、北米人のニーズとのマッチングは良好だったかもしれないな。
 ただ、現在の視点で言うと、果たして旧世紀のデジカメで「ちゃんとした画像」を撮影したいのか、という根本的な問題にぶつかる。「ちゃんとした画像」を撮影するデジカメなら、旧世紀モノでもいくらでもある。しかし、DC220Zoomの29mmから始まる広角ズームと、固定焦点(パンフォーカス)ならではの「やっつけ仕事」は代替の難しいユニークな物である。そういう意味で言うと、本カメラは普通の旧世紀デジカメだ。
 もっとも、本カメラは12.8万円もするのだ。X接点を搭載してフラッシュとの動機が可能だったり、音声(動画ではない)を記録出来たり、当時としてはゴージャスな仕様だが、高いよなあ。DC220Zoomだって8.8万円もしたらしい。実売価格は知らないけど、「北米人の大らかな感じ」に払うには高い金額だ。「ちゃんとした画像」を写さなければ、反米主義者になっちゃうよなあ。
 なので、500円以下で転がっている現在こそ、本カメラのパフォーマンスの発揮が正当だろう。プラスとしてもマイナスとしてもだ。

 では、撮影結果(名古屋散歩編)を見て頂きたい。

(了:2013/11/27)

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