コダック DC220Zoomについて


DC220Zoom
ぽっちょりとしたスタイリングは当時のコダックのエッセンスが利いている。

☆ジャンク度☆
無し
撮影可能


DC220Zoom DC220Zoom
 当時は珍しいライカ判換算で広角側29mmから始まる光学2倍ズームレンズを登載。
 しかし、AFユニットは非搭載で固定焦点(パンフォーカス)。


DC220Zoom DC220Zoom
 独得なスタイリングはコダックの伝統である。
 足があるのはクラシック時代のカメラを髣髴してイイ感じだ。


DC220Zoom DC220Zoom
 光学ファインダーとモノクロ液晶パネルで撮影が可能。
 なにかとパワーを消費して、液晶ビュワーを消して撮影するのが常識だった時代のカメラなのだ。


DC220Zoom DC220Zoom
DC220Zoom DC220Zoom
 松本メカみたいに操作系が多い。
 独自のグラフィカルなOSが自慢なのだが、入力デバイスの合理化は、あまり考えていないようだな。


DC220Zoom
 これがコダック自慢のカメラ用OS。
 一種のGUIなのだが、動作が重い。
 液晶ビュワーのリフレッシュレートも遅いので、素早くカメラを振るとぱらぱらアニメになる。


DC220Zoom DC220Zoom
 電源は単三型電池4本を使用。
 記録メディアはコンパクトフラッシュ。


DC220Zoom
 源流というか、レイアウトが違うだけのDC210AZoomと並べてみる。


 2012年にコダックは倒産した。いや、今でもコダックブランドは存在するし、キタムラに行けば24枚撮りのカラーネガが168〜198円程度で買えるだろう。ネット注文すればTMAXやトライXも、ちょっと時間がかかるけど届くし、D−76だって活躍している。もっとも、高いから拙僧は滅多に使えないけど。コダックが商売に行き詰って、生産能力を縮小し、ポジフィルムを止めてしまってのは実感として知っている。Wikiを見ても2012年1月にコダックが連邦倒産法第11章をニューヨークの裁判所に申請し、2013年8月に同法の適用を脱する計画について裁判所から承認を受けているのは分かる。でも、実際に2012年以降、コダックがどんな経緯を経たのか殆ど分からないな。多分、人材的にも資産的にも大規模なリストラをしたり、膨大な年金を払っている元従業員の配布金額を減らしたり、様々まブランドや事業体を売り払ったりしたはずなのだが、そういうことは一切書いていないな。なにか触れてほしくないのかねえ。コダックの日本法人も活動なさっているから、ネガティブなことは書けないのだろうか。我々だってJALの足跡を知っているわけではないから、破壊と再生には聞いてほしくない工程があるのだろう。
 コダック倒産のニュースが日本に届いたとき、多くのメディアはコダックがフィルム時代からデジカメ時代に乗り遅れたと、報じていた。無論、皆様もご存じの通りコダックはデジカメの黎明期から力を入れていた。電子製版やシネフィルムのデジタルエフェクトまで広げると話が長くなるので、ここではスチルデジカメの話だけに限定したい。ニコンが1999年にD1を投入する遥か前からコダックはプロ用デジカメを作っていた。遥かにといっても3〜4年程度だが、当時のデジカメの進歩の速さからすれば、長い時間だろう。もっとも、それは見てくれはニコンF5やキヤノンEOS1Vを拡張したもので、ほんとにプロ用だから液晶ビュワーなんてのは無かった。そもそも、カメラ単体で運用するのではなく、画像処理専用コンピュータや画像転送機、電子印刷機とセットで使う物だった。カメラ単体でスナップ撮影もできなくなはないのかもしれないが、「気まぐれ」でやってみた方はいらっしゃっても、趣味の散歩撮影と仕事を両立なんてなかったんじゃないかな。
 コダックのデジカメが我国で認知度が低いのは、コダックのコンシューマ向けカメラへの熱度が低いか、著しくパワーバランスが悪かったからだと思う。それで安ければ北米人は買うのだろうが、日本人は買わない。コダックのコンシューマデジカメの日本での売り値は結構高かった。スグに暴落するんだが、販売網も満足では無かったし、フジフィルムやオリンパスの使い物になるコンシューマデジカメだって、あっという間に値が下がって近所の家電量販店に転がっていたから、コダックをワザワザ選択する意義は薄かった。それでも、割と最近の国産デジ一眼レフだって撮像素子はコダック製だったりしたのだ。今だってそうかもしれないな。
                ☆                 ☆
 コダックのコンシューマカメラの歴史は古い。1996年3月にDC40を売り出している。タッチの差でカシオの伝説的なQV−10より早い。QV−10が画期的だったのは画像が満足だったからではない。当初から液晶ビュワーを搭載し、レンズが回転するスイバル式で、当時としては面白いユーザーインターフェイスを工夫し、なんと100枚近くの画像の撮影が可能だった。対するコダックは光学ファインダーのみで、オペラグラスというか110判簡易カメラをゴージャスにした感じだった。撮影可能枚数が分からないのだが、1/2型の38万画素級撮像素子に内蔵メモリ4MBを組み合わせたいた。当時としては贅沢な仕様で、意外とそこそこの撮影が可能だったかもしれない。ちなみにQV−10は1/5型の25万画素級で内蔵メモリは2MB。画質は圧倒的にDC40に軍配が上がったのだろうが、市場を開拓したのはQV−10だ。翌年にコダックは知る人には伝説的なDC20を出している。これは、本体価格が4万円をギリギリ切る、当時としてはリーズナブルな価格帯なのだが、1/3型の27万画素の撮像素子と1MBの内蔵メモリを組み合わせて、撮影枚数がたったの8枚だ。画質を落とすと16枚撮れたらしい。全く、やることが極端なのがコダックなのだ。DC20も液晶ビュワーは非搭載。現在の感覚からすると、撮影画像が確認できないデジカメっていうのは矛盾を感じるが、1997年くらいまで常識的だった。エプソンがデジカメの黎明期に健闘していたのを歴史は忘れようとしているが、1996年11月に送り出したCP−200は液晶ビュワーを非搭載で、液晶ビュワーを搭載したのは1997年7月のCP−500からだ。そんな大切な液晶ビュワーを、当時は可能な限り非表示にして光学ファインダーで撮影した。バッテリーがプアで液晶ビュワーや他の様々なユニットがパワーを消費するので、そういうエコ運用が必須だったのだ。ユニークな回転レンズを活かしたカシオも、渋々、回転レンズを常識的なオフセットレンズに変えて光学ファインダーを登載したQV−70を出している。
 有名な話だが、コダックと言いながら作っていたのはチノンである。この素晴らしい先見性と至らないテクノロジーのアンバランス、或いは「攻めすぎて戦略的目標が良くわからないな」というデザインがチノンのアプローチなのかコダックのものなのか、断定はできない。想像だけど、双方からの勝手な言い分と見込み違いがあったんじゃないかな。前述のDS20もチノンブランドで登場している。使い勝手がチノンの方が若干良かったとも言うが、トヨタの「ニューハチロク」とスバルの差じゃないかな。本カメラのシリーズ(なのか?)の出発点は1997年に登場したDC210Zoomであろう。これは、当時としては稀なメガピクセルの撮像素子にライカ判換算で29mmから始まる広角系ズームレンズを搭載した意欲作だ。実際にはメガピクセルもギリギリ引っかかっているだけで、旧世代のヤフーオークションでは「130万画素級」というカテゴリーに入れてもらえなかった。ライカ判換算で29〜58mmの光学2倍ズームレンズも固定焦点(パンフォーカス)だしなあ。しかし、1997年はオリンパスがやっとC−1400Lを出して、リコーが何とか交換メディアを採用した、DC−3Zを送り出した頃だ。これだって、35万画素級だがズームレンズを搭載していたし、スマートメディアで外部媒体を採用して、これはこれでバランスの良いカメラだった。C−1400Lの後裔機のC−1400XLなら持っていたが、あれがバッファリングを搭載しなかったと思うと背筋が凍る。そんな時代にひとまずDC210Zoomはコンセプトが明快で良くできたカメラだと思う。拙僧が持っていたのはDC210AZoomだが、基本的にはOSが日本語化しただけのようだ。

「OS?」

と、不思議に思う方もいらっしゃるだろう。DC210Zoomは汎用的なOSを搭載していたのだ。当時の組み込み系OSとしては異例のグラフィカルなインターフェイスを搭載したOSで、スクリプト言語を実装して、後からアプリケーションをインストールできたらしい。なんでも液晶ビュワーで「パックマン(@ナムコ)」に似たゲームもできたそうだ。何やら信じられないが、本カメラとコンポーネンツを共有したDC260Zoomを取り上げたDC260AZoomで書いてあるので、そうなのだろう。ゆくゆくは今でいうスマートフォンのような端末を想像していたのだろうな。「汎用的」っていうのも信じられないが、ミノルタのディマージェEXにも搭載しているのだ。コダックとミノルタに何の相性があったか全くわからない。共通しているのは、当時のハードウェアでは無理のあるボリュームだったので、満足な動作をしない。つまり、実用に不都合なくらい動作が遅いのだ。
 DC210Zoomから始まったシリーズは、DC260ZoomでちゃんとしたAFユニットも搭載して、DC280Jで200万画素級に至って、一定の完成度に達した。「コダックカラー」と称する美しい発色で記憶に残したいカメラだが、一生に一度、訪れるかどうかの北京戦車博物館とか空軍博物館で使うのは図々しいよな。その後、1996年にコダックからはDC215Zoomが登場するのだが、基本的にはDC210AZoomのレイアウトを変更し、若干コンパクトにしただけだ。DC280Jの仕様実感として、バランスはギリギリ保っていたかな。他のコダックのデジカメのカメラとしてのバランスは、完成度としては満足とは言い難い。既にコダックはコンシューマデジカメへの投資が極めて限定的だったのだろう。フジフィルムのペースでポンポン新モデルを出すのは難しいよな。当時のコダックの体力がフジフィルムに劣っているとは思わないので、これは経営的な判断のミスか投資家の先見性の無さが露わになってきたのだろうな。感材メーカーだと、コニカやアグファも厳しい判断を迫られていく。
 前述のDC260ZoomはAFユニットを搭載する、それなりに完成したカメラだった。しかし、同時に登場した本カメラは、かなり見劣りがする。160万画素級の撮像素子のDC260Zoomに対して105万画素級と、画素数で見劣りがするのは大した問題では無い。それで、ライカ判換算で29〜58mm相当の光学2倍ズームを搭載し、AFユニットは省略して固定焦点(パンフォーカス)なのだ。つまり、先行したDC210Zoomと後裔のDC215Zoomと全く同じデザインなのだ。違うのは押しの強いレイアウトだけ。これが、コダックの大らかな仕様なのか、それに渋々応じたチノンのやっつけ仕事なのかはよくわからない。しかし、消費者としてはT−34のディーゼルエンジンをT−72まで騙し騙しひっぱったとしか思えないな。いや、T−90もそうなのか。
                ☆                 ☆
 本カメラのカメラとしての特性はDC210AZoomと大して変わらないし、先見的なOSの特色は大佐殿のコンテンツが詳しい。なので、拙僧が新たに記述するコンテンツは乏しいな。本カメラの登場した1998年6月に、本カメラの「電源ボタン押下から撮影可能状態まで16秒」の仕様はギリギリ見逃しても、1999年9月のDC215Zoomまで使いまわしたのは、図々しいにも程があるな。1999年9月といばオリンパスはC−2500Lを投入しているし、ニコンからは待望のD1が登場する。DC215Zoomは2005年頃にキタムラのちゃんとした中古でフルセットが3000円くらいで転がっていたのだが、考えてやっぱり買わなかったよな。
 コダックは決してデジカメに先見の目が無かったわけではないが、投資家の先見性が思わしくなく、コンセプトがアンバランスで総合的なセンスにかけていた。それはカメラだけではなく、北米の自動車や単車、様々な電化製品と同様だった。それでも当時の北米では「安くてドラッグストアで売っている」というだけで成立したのだ。いや、成立しなかったから、北米のあらゆるジャンルの工業製品は衰退したのだ。北米が東アジアや欧州と同様なきめ細かなサービスを提供するにはブッシュの妄想が幻想だと北米人自身が気づいてからになる。


 では、撮影結果を見て頂きたい。

(了:2013/11/1)

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